「耳が聞こえない」
目が覚めると病院のベッドに寝ていたようだ。
意識が戻るとカナル型イヤホンで音楽を聞いている。
しかも大音量で再生されている。
寝ぼけながらも起き上がり、耳からイヤホンを取ろうと両手を上げた。
耳元で指をつまむ動作をしたが指先に触れるはずのイヤホンが無い。
イヤホンをしていないのに大音量の音楽が耳に流れ込んでくる。
何度かイヤホンを取る動作をするが、耳にはつまめるイヤホンが存在しない。
意識がはっきりしてくると、音楽は知っている曲。
さらに、1曲が終わり次に再生される音楽が何というタイトルか脳内で判っている。
音楽を止める手立てが無く、次第に焦ってくると、目の前に看護婦さんが立っていた。
「耳が!音楽が聞こえるんですけど!イヤホンしていないのに音楽が聞こえるんですけど!」
と、話しているつもりなのに、口をパクパクさせるだけで自分の声が出ていない。
看護婦さんが何か話している様子が見えるのに、声が聞こえない。
音楽は大音量で次々と再生され、脳内の再生リスト通りに流れる。
焦りと混乱で叫んでいるが、口はわなわな震えるだけで声が出ていない。
絶望と諦めでバタリとベッドに倒れ込んだ時、目が覚めた。
自分の状況を確認したらイヤホンをしたまま音楽を聞いて寝ていたのだった・・・・
イヤホンを外し、停止スイッチを押してやっと冷静になった。
変な夢を見た・・・音楽を聞いたまま寝るものじゃないな。
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「アカモクという魚料理から意外な展開」
旅行先で海辺のレストランに入り食事を取ることにした。
先月の旅行ガイドで紹介されていたオーナーシェフの店は、いかにも雑誌に紹介されるような素敵な作りだった。
おすすめは、アカモクと呼ばれる魚を使ったオリジナル洋食。
正直、フォークとナイフの料理は上品すぎて食べた気がしないが、評判になるのが納得できる美味しさだった。
平日旅行だったので、フロアに出ていたオーナーさんと会話することが出来た。
「美味しい魚料理ですね。アカモクって、聞いたこと無い魚ですけど」
「そうですね。市場には出ない魚なんですよ。穫れる量があるわけでもなく、口の先端が尖っていて小さなカジキマグロみたいな魚だから危ないんですよね」
「意外な魚ですね、知らなかった」
「でも、美味しい魚なんで、漁師さんが自家用で食べるには最高級の魚なんですよ」
「最高級・・・市場で仕入れるんですか?」
「そうです、漁がある日は、毎朝私が漁港に行って捕れたアカモクを買い付けています」
「気合入ってますねぇ」
「ええ、もちろん。でも、このアカモクの美味しを教えてくれた漁師さんが居てくれたからこの店が有ると思っていまして」
「いまでも、その漁師さんから仕入れを?」
「いや、私が不義理しちゃいましてねぇ、気難しい人だったのでへそ曲げられちゃいまして・・・会えたら謝りたいなといつも思ってるんです」
「そうでしたか」
これ以上の話はナイーブと思い店を後にした。
ホテルで一泊した翌朝、朝食前に堤防を散策すると小魚が水面に水の波紋を作っている。
朝の食事でプランクトンを追っているのだろうか。
手すりによりかかり、水面を見ていた私はおやつ用に買っていた干し昆布を砕いてパラパラと撒いてみた。
とたん、一斉に群がる小魚たち。
面白くて追加投入すると大きな魚も寄ってきた。
「うぉ!魚って昆布食うんだ」
そう思って大きめの昆布を落としたところ、小魚を蹴散らして2匹の魚が勢いよくジャンプしてきた。
「すげ!何あれ?ボラ?カマス?でもなんかターポンのような気も・・・」
干し昆布を砕いて撒きながら、2匹の魚を目で追った。
「あ~、あれ、アカモクだよこんな近くに珍しいな」
身長は高くないが、日焼けしたがっちり体型のTシャツおじさんが私に魚の正体を教えてくれた。
「ほぇ~。あれがアカモクですか。ターポンにカジキマグロの角付けたみたいですね」
「あいつ、美味いけど危ないんだよ」
「どう危ないんですか?水面から飛びかかってくるとか?」
私はおじさんに向き直って聞いてみた。
「水から上げた後がやばいんだよ。かなりしぶとくて、死んだかなと思って側に行くとビターンと跳ねるんだ」
「怖っ!危ないやつですねぇ」
「俺なんかポカして、跳ねてるところを足で角踏んだらざっくりアキレス腱切られちゃって入院よ」
そう言って土踏まずからアキレス腱までの手術跡を見せてくれた。
「うわ~・・・痛々しい」
「ま、もう漁師やってないから関係ないけどね」
おじさんと更に話していると、何か引っかかる違和感があった。
「おじさん、もしかして・・・アカモクの料理を誰か料理関係の人に伝授した?」
「あぁ昔ね。アカモクって美味いんだぞって料理の秘訣を教えたことあったけど、そいつが元祖みたいになっちゃっててね。ま、いいんだけどね」
「おじさん、その人○○レストランの人でしょ?」
「なんで判る?」
「だって、俺、昨日そこでアカモク料理食べた時に漁師さんに教えてもらったって話聞いたから」
「あぁそう・・・」
「で、そこのオーナーさんが、漁師さんに不義理しちゃって、会えたら謝りたいって言ってたけど、それおじさんのことじゃない?」
「どうかねぇ?どうでもいいことなんだけどね、そんなこと言ってたのかね」
「ちょ!ちょっとまった!おせっかいで悪いと思うけど、会いに行きません?」
「やだよ」
「なんで?レストランの人、謝りたいって言ってたのに」
「別に謝られること無いけど?」
「は?」
「俺はもう漁師やってないし、あの人が気にしてるのは俺が怪我で漁師休んでる間に、他の漁師からアカモク仕入れた事を気にしてるんだよ」
「あぁ・・・なるほど・・・」
「あの人が謝る理由無いでしょ?」
「じゃぁあのオーナーさんは何を謝りたかったのかなぁ?」
「たぶん、俺の店が繁盛しているから付き合いたいんじゃないかな?」
「お店?」
「そう、アカモクの干物料理店。アカモクってのは、干物にして炙って食べるのが超最高に美味いんだよ」
おじさんはにっこり笑いながら帰っていった。
なんだこのオチ?と夢から覚めて書きとめておいた。